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2006年2月21日 (火)

この世の果て

 このドラマについてつくづく思うことは、三上博史はどんな心境だったのだろうか?
ということです。

都会の絶望の果てで出会った孤独なホステス砂田まりあと
孤独な天才ピアニスト高村士郎の恋愛ストーリー。


それがこのドラマの基本コンセプトでした。
少なくとも、放送が始まる前までは、『この世の果て』とはこんなドラマでっせ~
というように、テレビ雑誌等でも紹介されていましたから、
その内容について一々疑う者もいなかったことでしょう。
それは、三上博史にとっても同じことだったと思えます。
何しろ、野島伸司脚本による月9のドラマで、その(準)主役とも言える高村士郎役
だったのだから、当初はさぞかしお喜びになったことでしょう。
ところが、悲劇は緩やかに訪れました。
この三上博史演じる高村士郎という男は、
元々が記憶喪失のふりをして妻から逃げるという情けない男ではあったのですが、
第4話のラストで一気に汚名返上することに成功します。
なにしろ、ピアニストにとって命とも言える手を割れた酒瓶で潰したのですから。
それも、妻が望むピアニストとしての自分を壊すために、
そして、まりあと新たな人生を共に歩むためだけに、地位も名誉も妻も捨て、
ここまでのことをやったのだから、私も少なからず感動を覚えたものです。
しかし、その後はなんとも酷いものでして、「あの感動を返せ!」と言いたくなるような
ダメっぷりを発揮。
就職したら長続きせず、次第にまりあのヒモと化し、挙句の果てに他の女に溺れ、
クスリに溺れ、終いには身篭ったまりあの腹に蹴りを入れ、子供を殺してしまう
ばかりか、まりあをもう2度と子供が産めない体にしてしまうのです。
もう、これでもかっ!と言うほど堕ちる所まで堕ち、汚名挽回も甚だしい彼ですが、
その後特にフォローされることもありません。
対して、彼の恋敵であった豊川悦司演じる神矢征司は、
当初こそ嫌な感じの男であったものの、その後まりあと恋仲にまでなり、
極悪非道の所業を行ってきた高村士郎(三上博史)に対しても、
キツイ一言を放ち、視聴者にカタルシスを与えるという、とても美味しい役でした。
両者を今風に例えるなら、三上博史がシン・アスカで、
豊川悦司がキラ・ヤマトと言ったところでしょうか(笑)。

 ともかく、そんな感じのドラマだったので、
三上博史は第5話以降の脚本を渡される度に青ざめたんじゃないでしょうか?
「こんなの聞いてないよぉ~」とか、「だまされた~」とか思っていたかもしれません。
まあ、真実はどうなのかよく分かんないし、
ひょっとしたら事前に打ち合わせとかあって、三上さんも了承済みだったのかも
しれませんが、最初から全話の脚本を渡されるとも思えないので、
やっぱどうなのかなあ~と今になっても疑問に思う今日この頃です。

 月9の主役と思ってはりきっていたら~♪汚れ役で良いとこ全然ありません~♪
 チックショー!!!                         by 小梅太夫(嘘)

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