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2012年5月

2012年5月 6日 (日)

呼び捨てはホンマにあかんのか?

あきまへんわ!こんなもん!
人の名を呼ぶ時は、君付け、さん付けしなさいと誰しも習ったはずですし、こんなもん、義務教育受けてなくても分かる話です。
実際、日本人ならば誰しも、この世に生を受けてからと言うもの、幼少の頃は「○○くん」「○○ちゃん」と呼ばれ続けてきたはずです。
つまり、日本人ならば誰しも潜在的に「君付け」「さん付け」されることが当たり前であり、呼び捨てされることに抵抗を感じるようになっているのです。
それを突然、どこの馬の骨とも分からぬ輩に呼び捨てされようものなら、「なにをぉ~!!」…となるのは当たり前じゃないですか。
年上だとか年下だとか、人より優れているとかいないとか、そんなもん全然関係ありません。

 ゆえに、先日橋下市長が呼び捨てされたことで憤慨し、その相手を逆に呼び捨てで返したことも当然の反応です。
別に非難されることでも咎められることでもありません。
目には目を 歯には歯を 順逆自在の術には順逆自在に術を …ってね。
ゆえに、先に呼び捨てした方が悪い!

                                                                                            以上

 【追 記】
先程も述べたように、日本人なら誰しも幼少の頃から、人を呼ぶ時は「呼び捨てしてはいけませんよ」と習うはずです。
そしてもし、呼び捨てしようものなら、帰りの会とかで女子からつるし上げられ、先生からもこっぴどく怒られたりしたものです。
それなのに、呼び捨てしてる奴ってなんなの?
そもそも、わが国においては、呼び名に「君」「さん」「ちゃん」「様」「殿」等、こんなにも種類がたくさんあると言うのに、これらを使わずに呼び捨てするって、あなた一体何人?…と、私はそう思わずにはいられませんし、使い古した言葉ではありますが、「欧米か!」と突っ込みたくなります。
結局のところ、呼び捨てする人ってのは、自分の方が偉い、立場が上だと言うことをアピールしたいだけの、目立ちたがり屋でしかないわけですよ。
逆に、本当に人格的に立派で地位の高い人ならば、そんな風に一々呼び捨てなどせず、ちゃんと君付け、さん付けするものです。
どこぞのフリーザ様を見て御覧なさいな。部下に対して「さん付け」してるじゃないですか。
しかし、これが当たり前なんですよ。
本当に偉い、強い人と言うのは、わざわざそれらを示す必要などないし、相手もそのことを十分に承知してるものです。
それゆえに、心にゆとりがあるから、わざわざ「呼び捨て」等と言う粗暴な言動をすることもないのです。
逆に、呼び捨てする人をご覧なさいな。
心にゆとりがない人が多く見られます。
なぜ呼び捨てするのか?
そう問うと、逆に「なんで年下や同い年に一々君とかさんを付けないといけないのか?」と、こう問うてくるのです。
小さい。小さい。小さい小さい小さい小さい小さい小さい…………………………。
別にええやんけ、それくらい。
しかし、呼び捨てする人にとっては、これは重大な問題なのです。
なぜなら、彼らには他人に誇れるものがありません。
裏を返せば、自分に自信がないのです。
いわゆる、臆病な自尊心と尊大な羞恥心ってヤツです。
このままだとあんた、虎になっちまうよ?ってな話です。

 まあそんなわけで、呼び捨てという行為は、我々が思っている以上に相手を不快にさせてしまうものゆえ、控えた方がよろしいかと、私は思うわけです。
もっとも、中には「さん付けなんて堅苦しいなぁ~。呼び捨てでいいわよ」とか、そういうことをのたまう人も稀にいますが、こんなのフィクションの世界の中だけです。
現実には存在しません。
いるとしたら、帰国子女か欧米かぶれか漫画やアニメに影響を受けたオタクだけです。

 そして、「でも、仲が良い者同士は呼び捨てするもんじゃないの?」と思われる方もいるかと思います。
確かにそれは一理ありますが、それは当事者同士が決めることであって、必ずしもみんながみんなそうであるとは限りません。
そして、人が呼び捨てしてるからと言って自分も呼び捨てしていいという理屈も通りません。
また、人によっては呼び捨てされても全くムカつかないこともあれば、殺してやりたいほどムカつくこともあったりするわけで、こればっかりはその人の持って生まれた資質やキャラクター性に左右されることもありますので、どうしても呼び捨てしたければ、その辺りをよく考え、その人と親しくなる努力をすべきでしょう。

 ただ、それでも、傍から見ると「呼び捨て」と言うのは気持ちのいいものではないので、そういったリスクを考えた上で、相手の呼び方には細心の注意を払った方が良いと思う、今日この頃です。

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若者がやたらと「神」を連呼するのはホンマにあかんのか?

ええんちゃうの?
…と言うのが、私の個人的な見解です。
まあ、確かに最近ちょっとしたことにおいても、やれ「神なんちゃらだ」とか、「神」を多用することが目立ってきており、時々それがウザいと感じることもありはしますが、別にそれでもいいじゃないですか。
これに対して何の問題があると言うのか?
まあ、おそらくは「神」というものが安っぽく扱われているということに対しての憤りや抵抗なんでしょうけど、そもそも神なんて安っぽいものですよ。
一般的にイメージされている程万能でもなければ、必ずしも正義でもないんですよ。
ギリシャ神話とか読めば一目瞭然です。
あれって、アホみたいに多くの神がいますけど、人間より弱い神も当然のごとくいるんですよね。
まあ、その人間の方がある意味特別な存在ではあるんですけど、このように、神と言ってもピンからキリまでいるんですよ。
そして、日本にも八百万の神がいるじゃないですか。
せやから、神なんて、特に宗教に対して無頓着なわが国においては、特段崇拝するものでも敬うものでもなく、むしろ親しみやすい安っぽいものでしかないのです。
ゆえに、文句があるなら、神をこのように安っぽいものに貶めたギリシャ神話や日本神話、ひいては『ドラゴンボール』以降の、神の存在を著しく軽いものに貶めた漫画、アニメ、ゲーム等を叩いてください。
手前勝手な神のイメージを、押し付けてんじゃねえよ!

                                                                                           以上

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